(一部抜粋)

FARGO宗団に入信したことを、あたしは後悔していない。どのみちあのままマンションにいたとしても、いずれ自殺するか、あるいはもっと悪い結果が待っていただろうからだ。

FARGOに入信した信者は、山奥の人里離れた教団施設に収容され、俗世間の全てから完全に隔離される。俗世間の全て――つまり、会社からも、上っ面だけの友達からも、そしてあたしが借りたわけでもない法外な額の借金からも、わずらわしい全てのことからあたしは自由になれるのだ。

だから、たとえ最下層のClass‐Cに分類されて番号で呼ばれ、シャワーどころかトイレすらないC棟の豚小屋みたいな雑居部屋に詰め込まれても、『精錬』とかいう修行の名目で、黒服を着た教団の男達にかわるがわるレイプされても、別に文句を言うつもりはなかった。どうせあたしは生きながら死んでいるのだ、好きにすればいい、と思った。周りにいる信者の女達も、どうやらあたしと似た寄ったの、人生の敗残者ばかりみたいだった。

でも一つだけ、他の信者とあたしとで決定的に違っているところがあった。ここにいる連中は一人残らず、あの、レンガを砕いた力――『不可視の力』が実在すると信じきっているのだ。かわいそうに、とあたしは思った。精神的に追い詰められるあまり、ありもしないものが存在すると信じ込んでしまっているのだ。きっとそうしなければ精神の均衡を保つことができないのだろう。笑うつもりにはなれなかったが、何かの手違いで精神病院に強制入院させられた気分だった。まあ、好きにすればいい、それでしあわせになれるなら――あたしはうつろな笑みをうかべてため息をつくしかなかった。

二食レイプ付き、トイレシャワー無し。世間からも社会的責任からも、そして自分自身であることからさえ護られた、過酷だけど生ぬるい、そして狂いきった奇妙な日々。あたしが“ちび”に出会ったのは、そんなある日のことだった。


その日も、あたしは『精錬の間』で二人組の男にレイプされた。いつも通り、味もそっけもなく、ただ乱暴に突っ込むだけのセックスだった。今さら処女みたいに恥辱の涙を流すつもりもなければ、レイプされて喜ぶような淫乱でもなかったから、ただ単に、勘弁してほしいな、とだけ思った。せめてゴムくらいは使ってくれないだろうか。おかげで体中、精液臭くてたまらない。それに、いくらフィニッシュが外出しだからって、妊娠しないという保証なんてどこにもないのだ。こんなところで妊娠なんかしたら、末期癌の宣告を受けるのも同然だった。

ことが終わり、『精錬の間』を出て、やれやれ、と思いながら通路を歩いている時のこと。ふと前を見ると、通路の曲がり角の影からこちらをじっと見つめてくる人影があった。なんだろう、鬱陶しいな――そう思って一旦は無視しようとしたけど、そいつの姿がはっきり見える距離まで来て、あたしは思わず、うへぁ…と声を上げそうになった。相手がどう見たって制服姿の女子中学生だったからだ。ここにいるということは、やっぱり信者なのだろうか。でも、だとするとこの子も『精錬』を受けているということになる。あたしはまた、うへぁ…と思った。

その子は、精錬の間から出てきたところからあたしのことをじっと見ていたようだった。きっと、自分が精錬された時のことを思い出して、またあんな目に遭わされるのだと怯えているのだろう。怖いのなら何もわざわざ見に来ることはないのに、とあたしは思った。あたしはあたしで、どうにかこうにかしのいでいるのだから、自分の不安や恐怖を反芻するためのオカズにあたしを使わないでほしかった。

うんざりしながら、それでもあたしが足を止めずに歩いていると、そいつは意を決したようにこちらに向かって、ててて、と小走りにかけ寄ってきた。何なんだろう――目を合わせないようにするあたしに向かって、そいつは開口一番、

――あ、あのっ、大丈夫ですかっ?――

――はぁ!?――

あたしは思わず目が点になった。大丈夫って…今さら何ゆってるんだ、こいつわ。固まるあたしに、そいつはさらにテンパリまくった調子で言葉を続ける。

――えっと…えっと、今はすごく辛いかもしれないけど、でもくじけたりしないでくださいっ! 希望だけは捨ちゃだめなんですっ! あきらめないで信じていればきっと夢はかなうんですっ!――

――いや、あの…――

――あなたの夢はなんですかっ!?――

新興宗教の勧誘か、あんたわ――あまりのことに頭が真っ白になって、あたしは思わずそう口走りそうになり、そしてあらためて自分が今どこにいるのかを自問した。

あたしは今どこにいる? FARGOの教団施設だ。オーケー、それはわかってる。では、FARGOとは何だ? 悪名高いカルト新興宗教団体だ。オーケーオーケー、それもわかってる。では、そこで別の宗教の勧誘をするバカはいるか? 答はノーだ。たとえ西口前で三千人に街頭アンケートをとったって、答は全部同じに決まっている。

だったら、今あたしの目の前にいるこいつは一体何なんだ? 信じられない思いであたしは目の前の少女を見つめた。信じていれば夢はかなうだとか、あなたの夢を聞かせてくださいだとか、言ってることはどう考えても駅前でしつこく声をかけてくる宗教の勧誘だ。存在自体はありえても、今この場所に存在することがありえない。

――だからあきらめないで、がんばってくださいっ!――

一体何がどう「だから」なのかはわからないが、にこにことこちらに笑いかけながら、とにかく力強くそいつは言った。あたしは猛烈な偏頭痛に襲われながら、何をどう頑張れって言うのよ、とじろりとそいつを睨みつけた。頑張ってレイプされろってか?

――と、とにかく辛いことがあってもぜったいくじけたりしないでくださいっ!――

たちまちあわあわとあせりながら、それでも笑顔を崩さずにそいつは言った。ダメだこりゃ。あたしは掌で目を覆った。

――…で、結局あんたは何なの?――

そして最後に、ため息まじりにあたしは尋ねた。

――あたし、名倉由衣っていいますっ。よろしくお願いしますっ!――

ガッツポーズと一緒に、やたらと元気のいい、もしくは無意味に元気なだけの返事が返ってきた。胸もとで握り締められた二つのこぶしの、左手側の甲には、B‐73という文字が焼き付けられていた。


(「ちび〜Sweets Meet A Girl〜」より抜粋)